覚悟。気胸になったので、また管を入れることになりました。この頃から痛みを訴えるようになりました。 そしてMSコンチンを飲むようになりました。 看護婦さんが飲むのを確認しにくるので、じいじは 「怖い薬なんやろうな…モルヒネか?」って。 私は言いました。モルヒネって点滴だよ。痛み止めの強い分じゃない? 人のイメージに、モルヒネは怖いってありますよね。 私はごまかしてしまいました。じぃじに嘘をついてしまいました。 このことが後で大きな問題となるのです。 6月の初めに気胸になってからのじぃじは、本当に辛そうでした。 知り合いに言ったそうです。 「大好きなケイタがそばに来ても辛いんだ」って。 ごめんね…じぃじ、何もしてあげれなくて。私はいつも思ってました。 6月7日、Aさんは退院していきました。 私たちの希望でもありました。Aさんのように退院してほしい。 そう思いました。 しかし、退院された2日後、Aさんは救急車で運ばれました。 そしてその翌日天国に召されたのです。 あんなに元気で退院したのに…。 この病気が憎いと思いました。そして足が震えました。 じぃじにそんな日が来ることが怖くて…。 じぃじには再入院されたことは伝えていましたが、 亡くなったことは言いませんでした。じぃじにとっても希望になってると思ったので。希望を壊すことはできませんでした。 6月10日(金)、ばぁばの仕事が休みだったので 1日病院についてました。 たわいもない話をして、一日を過ごしたようです。 じぃじは夕方会いにいった私に言いました。 「いい時間だった…」 6月11日(日) 以前行ったことのある、占いのSさんのところへ。 じぃじのお払いをしてもらいました。 夕方、皆で病院に行くと、状況は一変してました。 苦しそうな呼吸、真っ白な顔…。 先生から説明あり。 酸素がたりない、本人はかなり苦しいようです。 頓服でオプソ(液体のモルヒネ)を飲んでました。 私たちが来るまで我慢してたって。 話したいから、来たらオプソ飲むわって言ってたらしいです。 帰りたくなかった。けどケイタと長くいるわけには…。 ばぁばをおいて帰りました。 ばぁばは21時ごろ帰ってきました。だいぶ落ち着いたって。 夜は眠れなかった…心配で。 夜遅く電話がありました。知り合いの伯母ちゃんから…。 今日、お見舞いにいったら、先生がいてて モルヒネ使ってますって言ってたんよ…そんなに悪かったん(泣) 帰りに先生に話ししたら、もう助からないって言われた。 何それ~!!本人の前でモルヒネって言ったの? もう助からないって他人に言うこと? 今の状態を何で人から聞かないとダメなの? ショックで私は病院に電話してました。 「どういう事ですか?説明してほしい。明日、14時に行くから時間空けとけ!!」 かなり自分を見失ってました。 病院に対する不信感でいっぱいになってました。 じぃじに申し訳なくて…ごめんなさい。 6月12日(月) 私は仕事をしていた。お昼に帰るつもりで。 10時ごろ、電話が入った…ばぁばから。 「病院にくるように言われた…」 私はパパに電話をして、病院に向かった。 心臓がバクバクいってた。パニクってた。 そして覚悟をしたのかもしれない。 |